▼2種類のそれ。動と静。

怒り続けるエネルギー。
哀しみのエネルギー。

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当家はアイソパラメトリック、まだです。

先日、牛肉の話題を振っておいたことに補足。オーストラリア産とアメリカ産の牛肉、結論からして安全性の高いものだと言えるようです。前者の検疫対策費は6億ドルもかけており、さらに国土の広さを活かして牧草と飼料穀物を自給できる。さらにさらに法律で肉骨粉使用を禁止しているとか。後者はもともと消費者への情報開示がオープンなため消費者側からアクセスしやすい。そのうえ3つの政府機関が生産者・加工工場をチェックしているとのこと。

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衣料品のDIESEL社(http://www.diesel.com)の“STAY YOUNG”→“DRINK URINE”の広告、腹がよじれるほど笑わせてもらいました!だって、“尿を飲む”ですよ!?無表情なマスクつけてカクテルグラス持って、それはないだろ〜って。

よく広告で話題になるものにベネトンのがありますが、メッセージ性の強い広告というのは利益に反映されるものなのでしょうか。CM見て共感得た人が顧客となるのは間違いないでしょう。しかし、話題になることを目的とした広告(戦場での殺戮写真など)の類は、目にする者にとって大変エネルギーの必要なインパクトがあります。むろん、実利以外で何を目的にしているかは明確でありますが、それにしてもパワフルであります。

業界の格言に「人は雑誌一頁を見るのに30秒しか意識を払わない」というのがあるそうです。まして広告ならなおさら。そのような中、意識を向けてもらうにはあらゆる刺激ベクトルのなかで先端にあるものを用意しなければなりません(X軸=+刺激〜-癒し、と仮定)。

短時間で効率性を求める、となれば、当然事物の1面を強調して見せねばなりません。商品の特質が6面体程度なら視聴者がロスする情報は5/6で済みますが、もし公職の選挙などのような球に近い場合はどうなるのでしょう。

先のアメリカ大統領選、ブッシュVSゴア、ではネガティブキャンペーンが大々的に行われました。相手の弱点を攻撃する広告。初めてこの種類の手法が行われたのは、ベトナム戦争中の、ジョンソン大統領の二期目を争うときでした。対立候補が一言言った言葉「争いを解決するには穏健でない手段の場合もある」、を引き合いに出し、マッカーサー元帥解任の理由でもあった“原爆を使用するかもしれない”というイメージ重視のネガティブキャンペーンを行いました。そして記録的大差でジョンソンは再選を果たしました。

その日以来、功罪ともに一面のみを喧伝する広告が現在まで続いています。一面のみの事実であっても、意識を払わねば、その説得力に縛られます。もしくは事実の真偽さえも思考停止されます。田口ランディ氏のエピソードでもありましたが、植物性の石鹸だから良いとかマルセイユだからどうだとか、それを裏付ける知識がないと無防備に受け取ることになります。

そういうわけで1ch.tvに関しては商売的に成功しないだろうなと察せられるし、無表情なCMと答えが自身の内にあることを引き出すCMはこれから隆盛するだろうな、と考えられます(面倒なので途中の計算式は省きます)。

余談ではありますが、無差別に見せられる広告(人の価値観によって“ごとき”であったり“されど”であったり)に意識を集中しなくてはならない事態になるならそれは不幸ですねー。あ、だから現行の広告の手法が通用するのか、そーかそーか。


面倒だから「考えなきゃいけない」のままにしておきたい部分もあるんですけどね…。ではでは。



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