あるアイテムが、ふとしたとき、人生に影響を与える役割になってもいいはずだ。悩みを解消してくれるものになったり、決断を後押ししてくれるものであったり。はたまた近しい誰かの心を打つ機会になることだって、あり得るはずだ。

 美大出身のある友人は、『人間をテーマにした卒業制作』が与えられたとき、人間そのものをオブジェクトとして製作するのではなく、『イス』(正確には車椅子だったが)を作ることにしたと云っていた。座り心地、体重を安心して持たれ掛けさせられる背もたれ、リラックスの象徴である肘掛、等々、人間を描くよりも人間の存在を表現できる題材だから、と説明してくれた。

 あくまでも主人公は人間。人間が絡むからこそ、そのアイテムが光り輝く。そんな原則を記憶からアーカイヴさせられました。そんな今回のアイテムというのは…

 『自転車!』

■「並木橋通りアオバ自転車店」(宮尾岳氏著)

 自分がプジョーの折り畳み自転車を購入したのはこのコミックを初めて手に取るより前だったのだけれど、街中で自転車に向ける目の価値が大きく変わる契機となるものでした。

 作者の自転車に向けられる眼差しは暖かく、優しさに溢れていることが全体から醸し出されています。人間がまたがってペダルを回すことに「和み」を感じてしまうなんて、滅多にないことではないでしょうか。

 専門的知識は全然ない私ですが、3秒で折り畳めて電車にだって持ち込める「ピクニカ」や、乗るためではなく乗りこなすための「ロデオ」という自転車に、大変興味を抱いてしまいました。住居と勤務地が近ければ自転車通勤もアリかな…と考えてしまいますし、体力的に行けるところまで行って、折り畳んで電車に乗込んでしまうのもいいかもしれません(空いていれば)。

 企業とタイアップしたカタログ的なコミックや、アスリートを主人公としたものは数多くあります。しかし、日常の足として用いられる自転車であっても、今まで無為に見過ごしてきた価値に目を向けさせてくれる手法を好ましく受け止めています。

 エピソードを語るためのアイテムとして登場する自転車ですが、登場人物のようにサドルに腰掛けてみたい!、と思わせるのは作者の人間を見詰めるモノサシの高さなのでしょうね。子供がミニ四駆にチューンナップを加えるように、私も自転車に改造を加えてしまいそうです。

ISBN:4785920025 コミック 宮尾 岳 少年画報社 2000/06 ¥520

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